
○撮影中にモデルさんと交わす会話で、一般的にはあまり良く無いとされている『恋人』の話題を相変わらずよく振る。社カメだった頃、他のカメラマンがそれでクレームを受けたりしていた中 私は一度として問題とされた事が無かったのは年齢的な意味からか、あふれ出るその場限り感からか。
口説き目的では無い事が伝わると女性は饒舌になり聞いてもいない事まで教えてくれる。その時の表情やリラックスした雰囲気が私の目的なので作戦成功と言えるが、稀に話の内容から「それって彼氏と言えるの?」とか「・・・騙されてるよ、完全に」なんて思う事もあって そんな時はちょっと反応に困ってしまう。
わずか数時間の関係ではあるけれど、やっぱり一度でも同じ時間を過ごした女性には幸せな恋をしてほしいと思うのです。男目線ではなくお父さん目線で。いやホントに。
○『売れる写真』『求められる写真』『見たい写真と欲しい写真の違い』など、最近公私ともに写真のあり様について考える事が多い。ヌードに限って言えば『ヌード写真は売れない』という定説がありそれは『ヌード写真は壁に飾ったり公共の場で表示する物ではない』からなのだけれど 元々写真を壁に飾る文化が乏しい日本に限って言えば『ヌードでなければ売れない』と言う定説もまた成り立っている。
ヌードはどんなに芸術的な物であったとしても『裸』であり、おのずと『セックス』を連想させる物。それを買ってまで求めるには使用目的が必要となる・・・つまり突き詰めて行くと日本でヌード写真が売れるのは『ヌード写真=オナニーの道具』 だからだ。
反面、ここ数年で『オナニーに使う物は何?』と聞かれて『写真』と答える人は激少したと言える。みんな動画でしょ?アダルトビデオはTVとビデオデッキが絶対必要だったので不便もあったけれど、今やPCやスマホ、タブレットで手軽に高画質動画が得られる、見られる時代。一枚の写真でオナニーする人なんてどれくらいいるのか。もはや『オナニーの道具=動画』
…おや?『ヌード写真=オナニーの道具』なのに『オナニーの道具=動画』であるなら、ヌード写真の存在意義って何? ネットで多くの良質な写真や動画が無料でダウンロードできてしまう昨今、使用用途の無いヌード写真をお金を出してまで求める人っているの?お金を出させる物って何なの?? と考え出すと、いつの間にか出口の無い迷路に迷い込んでしまう。
某写真家さんのBLOGに
『驚くような素晴らしい絵画でも写真でも
一度見てハードディスクに保存して、すぐに忘れていく。
消費すらしていない。』
という一文があった。1枚の写真。1枚の絵。1曲の歌。1編の小説。それらをずっと心の中に留めてきた時代は選択肢が無かったからなのか?そんな事は無いように思う。情報過多の時代になり、個々の良さを見つける感性が失われつつあるのやもしれない(・・・・あれ、これ何の話だったっけ)
○前回の記事で『実害が発生しているためあまり気軽な事は言えないが』と前置いた上で雪景色の楽しさを語ったが、そのワリにはカメラを持ち出していない辺りに私のものぐささが浮き出ている。
仕事でよく使用する東名高速道路や関越自動車道路は大変な状況。震災を機に防災用グッズを自宅に準備している人は多いが、今後は車の中にも用意しておく必要がある といった声も聞く。今回のような事はそうそう無いと思うが、いざという時の備えはめったに使わないから“いざ”なのだと教えられた感も。確かに(雪に限らず)毛布1枚有ると無いとでは結果が異なる状況もあるだろう。
ただ、食料やカセットボンベのような物を車内に常備しておくことは別の禍の原因となるのでご注意を。特に夏とか本当に危険なのでそのまま忘れたりしませんよう。
○CP+でPowerShot G1X mark2を触り非常に気に入ってしまったのだけれど、それまで購入対象としていたDSC-RX10も未だに気になっている。個人的に100mm以上の望遠はコンデジに必要無いのでそれならばG1X-2の方が良いが、RX10は1,920x1,080のフルHDで60i記録可能の動画モードがあるのだ。(G1X-2は30i)
本当の事を言うと、ビデオカメラは1型センサーを積んだCX900を購入候補としていたのだけれど同じくCP+で見た感じではAWやAFの反応がイマイチ・・・だったので悩み中。新製品の発売直後は何かと問題もある事を思うとよりRX10の良さが際立つのです(とはいえあのレンズ鏡胴は普段使いにはでかすぎる・・・)
今回の写真も普段のクリップオンを使用したパスルーム写真ですが、かなり広い場所であった事と写真正面の以外は全て黒壁だった事もありほとんど光が回っていません。通常であれば絞りとシャッター速度で対応する所ですがシャワーの水滴を綺麗に出したかったためF4.5 1/60をギリギリキープ。ISOもあまり上げたくなかったので撮影時間は若干暗めにし、後からモデルさんの前部分のみ明るく。最後にコダクロームフィルム風処理を当てています。
私のバスルームでの写真は明るく淡い色調の物が多いのですが、こういったアンダーで深い色合いも良いですね。



関東近辺は2週連続で過去に例のない記録的積雪。実害が発生しているためあまり気軽な事は言えないが、『積雪』をほとんど経験した事のない私にとって雪は特別で。上京してから毎年降雪・積雪を体験出来て、それだけでも東京に来た価値があったという物だ。しんしんと降り積もる雪景色はいつまで見ていても飽きない。
むろん、こんなのは『雪国』に住んだ事の無い者だから言えるお気楽な発想である事も重々承知している。
雪が降る事を予想してではないが、横浜で開催されているカメラ・写真関連機器イベント『CP+』の初日に足を運んだ。
体調を崩し寝込んでいたくせにそんなのには参加するのか、と叱られそうだが半分は仕事も兼ねてなので許してほしい。(残り半分が趣味なのは否定しない)
イベント会場では新しい機器に触たりメーカー担当者と直接話が出来たりといったメリットがあったが、個人的に一番大きかったのは海外の写真家による作品を「紙」や「大画面」で見る事が出来た事。メーカーサンプル用写真が大半なので後日HPやカタログでも見る事は出来るが、やはりそれらとは得られる情報量が桁違いだ。
海外の写真家作品と言えば。国内ではここ数年ハイキーでソフトないわゆる「ゆるふわ写真」がブームだが、海外ではほとんど見かけない。逆に海外で人気のハイコントラスト・ロートーンなHDR風写真は国内ではさほど注目されていないように思える。(むろん、互いに無くはないが)
それぞれ特徴があり個々に良さがある。それらを上手く取り入れ自分の物にする事が出来れば最高なのだけれど、私の場合『これ』と言う主軸が出来ていない状態で良いトコ取りをしようとするのでタチが悪い。
ハイキーな写真が合う対象を無理にロートーンで捉えようとしたり、ロートーン向きのライティングを組んでいながらハイキーな色合いを出そうとしてしまったり。
そこに自分の『個性』を乗せて表現したい、なんて無茶な事まで考え出すようになってドツボにはまっていた時、Twitterで某漫画家さんが書かれていた
『“絵はたくさん描けば上手くなる”とはよく言うものの、何も考えずに数だけ描いてても変な癖が付くだけだ。
個性と癖は多分同じもの。“こういう絵柄が自分の持ち味” などと思い上がっても絶対売れない。
“これって自分の個性かも” って思ったものから捨てていく。そんなものは早く忘れて、より基本的で普遍的なものを取り入れていく。捨てても捨てても出てくるものがあったら、多分それが本当の個性なので、そうなったらもうしょうがないからそいつと付き合っていく。でもまだその時じゃない。』
という一文にハッとさせられた。
なかなか成長できない自分に焦るあまり、過度な衣装を無理に着こもうとしていたようだ。
カメラバッグの中にある機材を一通り手入れした後、全て防湿庫にしまいこんで大きく息をつく。
幸い外は雪。予定していた撮影の依頼もクライアントさんから日程変更の申し出を頂けたので、この数日は久しぶりに『写真』から離れて映画とか、漫画とか、音楽とかを楽しんでみよう。
たまにはそんな時間を過ごす事も悪く無い。。。。。かもしれない。
国内から見た海外の写真家作品の特徴については他にも沢山ありますがそれはまた別の時に。
それにしても、やっぱりイベント会場のように人の多い所は苦手ですね。出来る事なら雪の降る山里の村でひっそり静かに暮らしたいです。ネットさえあればまぁ不便はないでしょうし(ただの引きこもりですね)
前回の写真。実は本当に何の工夫も無い、ただカメラ任せで撮った1枚だったりします。
光源はホテルの室内光。WBを「くもり」に設定し、JPEG現像時に明るさと色合いを調節。カメラ側からの光はありませんが白レフで起こしていますね。
自然なポーズにも見えますが、左足を乗せている台と壁との距離が思ったよりあり、実は結構辛い体勢だったはず。それを感じさせないモデルさんの頑張りが素晴らしいです(対してそれを指示した私のヘッポコぶりときたら)
今回の写真は撮影時点では前回の写真より暗い、かなりアンダーな物でした。JPEG現像時にノイズが出ないレベルまで明るさを上げ、さらにPhotoShopで「スクリーンレイヤー」を重ねてハイキー写真に仕上げています。撮影時には気付けなかったネイルの煌きや白い肌のなめらかな質感が浮かび上がって来たのが面白かったですね。
レンズは35mm。準広角レンズの歪みを出すためあえて主体を画像中央に置き限界まで寄って撮影しています。たぶんレンズフードの先が右のおっぱいに当たっていたんじゃないかと・・・
(フード。当たっていたのはフードだけですよ、たぶん・・・。)

